なぜ? 大館市でランニングの大会

山田敬蔵選手

第51回ヘルシンキオリンピック大会出場選手

1953年ボストンマラソン大会優勝(当時世界最高記録)を契機にふるさと大館市で、後の山田記念ロードレース大会となる大会が開催されました。


山田氏がヘルシンキ大会出場の思い出を過去に語られていますので、ご紹介したいと思います。


 「小学校低学年のころ、第11回ベルリンオリンピック大会の記録映画を担任の先生に引率されて拝見したものでした。

 私は、子供心に大きな夢を持ちました。

 日本で3番になれば、胸に日の丸を付けて外国で走れるというとてつもない夢でした。

 私は、オリンピックランナーを目指して頑張りました。今振り返りますと感無量の思いです。

 昭和27年、腫れて日本代表としてヘルシンキ遠征。結果は、当時「人間機関車」と異名を馳せたザトペック選手に完敗しました。

早55年にもなりますが、レース前フィンランドの名高いランナー パーボ・ヌルミ選手のコーチを受けた私たちでした。また、ヌルミ大先輩の生誕100周年記念行事マラソン大会に招待を受けて参加いたしました。私のマラソン人生の1ページがまた増えました。

 8月16日、第17回ヘルシンキシティーマラソン大会に昨年に引き続き参加を予定しております。

 わがマラソン人生に悔いないといえば嘘になるかもしれませんが、現在、毎日健康で走れることがこの上もない喜びです。」


「これからの若い人たちも大いに夢を持って頑張ってください。」

                        と語られています。


世界に羽ばたく選手の輩出や、毎日健康に走る目的を持っている方、色々な方に参加していただきますよう、ご参加お待ちしております。

絶賛、参加申し込み受付中です。

また、ハーフの部完走者の中から、東京マラソンの参加権を抽選で3名様にプレゼントいたします。


写真は山田氏が師と仰ぐ金栗四三氏の書です。ヘルシンキとスットックホルムの北欧繫がり、若人のに対する共通した想いを基準に選んでみました。



山田記念ロードレース大会

第57回ポストンマラソン大会(1953.4.20)において、当時世界記録で優勝した大館市出身で名誉市民である山田敬蔵選手の偉業を称えるとともに国際的なランナー輩出を願って開催される北国秋田に春を呼ぶロードレース大会です。 例年4月29日(昭和の日)に、忠犬ハチ公のふるさと秋田県大館市で開催しています。